1. 敬老の日と人を敬う心

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2018.11.01

敬老の日と人を敬う心

敬老の日と人を敬う心

皆さん、こんにちは。七田式東武練馬駅前教室です。

 

空が高くて深くて青い時期になりました。

朝晩だけでなく、日中も涼しく過ごせる日が多くなってきました。

以前は9月15日だった敬老の日。

現在は9月第三月曜日ですが、敬老の日に関する基本的な考え方が変わったわけではありません。

敬老の日は、国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条によれば、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨として、1966年に定められた国民の祝日です。

子育て世代から見れば、人生の大先輩であるだけでなく、子育ての大先輩でもありますね。

 

今回は、敬老の日から子供が小さいうちの躾について、次の3点でお話しを進めましょう。

 

①敬老の日

②子供を愛するとは?

③小さいうちこそ厳しく躾ける

 

それにしても、敬老の日は最初の頃「としよりの日」と呼ばれていたそうです。

今では考えられませんね。

 

①敬老の日

敬老の日は、兵庫県多可郡野間谷村(現在の多可町八千代区)で、1947(昭和22)年9月15日に村主催の「敬老会」を開催したのが始まりとされています。

これは、当時の野間谷村の村長さんが、長い間社会に貢献してきたお年寄りに敬意を表すとともに、その知識や人生経験を次の世代に伝授してもらう場を設けることを目的として、55歳以上のお年寄りを招いて開催したものです。

9月15日という日程は、①気候的にも過ごしやすくお年寄りに適した季節であること、②農閑期で時間に余裕があること、③「養老の滝伝説」に因んでなどが理由でした。(1)

 

国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)が公布・施行された当時、「こどもの日」「成人の日」はありましたが、敬老の日はありませんでした。

そこで、野間谷村村長だった門脇政夫さんはこの年に開催した第2回の敬老会で、9月15日を「としよりの日」と定め、村独自の祝日にすることを提唱しました。

このとき「としよりの日」と名称を変更したのは、祝日化に向けた運動を広めるため、また、老人が敬愛されるというだけでなく、老人も社会参加をし、皆が老後を考える機会にしてほしいとの思いがあったためです。(1)

 

この動きは各地の市町村へと広がり、「としよりの日」の趣旨が賛同されていきました。それを受けて1950(昭和25)年に、まず兵庫県が9月15日を「としよりの日」と制定しました。

さらに、県や国に対して働きかけを続け、1966(昭和41)年、ついに「敬老の日」は体育の日などとともに国民の祝日に加えられました。(1)

 

その間、1951(昭和26)年には中央社会福祉協議会(現全国社会福祉協議会)が9月15日を「としよりの日」と定め、9月15日から21日までの一週間を運動週間としました。

また、1963(昭和38)年制定の老人福祉法では、9月15日が「老人の日」、9月15日から21日を「老人週間」として定め、翌1964(昭和39)年より実施されました。

さらに、1966(昭和41)年の「敬老の日」の祝日化に伴い、老人福祉法でも「老人の日」から「敬老の日」に改められました。(2)

 

その後、2001(平成13)年の祝日法改正(ハッピーマンデー制度の実施)によって、2003(平成15)年からは9月第3月曜日が「敬老の日」となりました。

ただ、改正初年度の2003年の9月第3月曜日は、たまたま9月15日だったため、敬老の日が9月15日以外の日付になったのは、翌2004(平成16)年の敬老の日(この年は9月20日)からでした。

 

ところで、これまで書いてきて、「敬老の日」にはいろいろな人たちのたくさんの思いが掛けられていることが分かります。

敬老の日の起源とされる野間谷村の門脇村長(当時)の思いに始まり、この制度・考え方が各市町村、各都道府県に広がっていく過程での、関係した方々のたくさんの思い、また、自治体以外のいろいろな団体で敬老の日に関係した方々の思い…。

そんな思いが一つになって国を動かし、9月15日が国民の祝日となった経緯があります。

それから国内外の様々な状況の変化によって、祝日法改正により9月第3月曜日が敬老の日となりました。

 

経済優先政策とも言われていますが、一方では、今でも変わらず、そして普段からお年寄りを敬う「敬老」の気持ちを持った人も多いのです。

東京都に、特別養護老人ホームと子育て支援施設とが併設されたところがあります。

子育て支援施設の子供たちが、隣接する特別養護老人ホームのお年寄りの方々に、敬老の日のお祝いの言葉を述べました。

「人間は誰でも若い時があり、そしていずれは老人になるのですから、自分の人生を大切にし、人生の大先輩を敬い、敬老の日だけでなく日々の生活の中でも優しさを忘れずに、楽しく年を取って生きていけたらいいなあと思いました」(3)

 

この言葉を述べたのは当時小学校6年生の女の子だそうです。

とても思いやりに溢れた良い言葉です。

この女の子は、おそらく小さい頃から周りの方々の愛情をたくさん受けて育ったのだと思います。

 

では、子供を愛するとはどういうことなのでしょう。

次の項目では、子供を愛するということについてお話ししましょう。

 

②子供を愛するとは?

現在子育てをされている皆さんは、ほぼ間違いなく全員がご自身のお子様を愛していらっしゃることと思います。

 

では、具体的にどのようなことをしてお子様に愛情を伝えていらっしゃいますか?

「親子だから、私が愛していると思っていれば、ちゃんと伝わっているはず」

と思っていますか?

あるいは、

「まだうちの子は小さくて言葉も分からないから、言葉が分かるようになったらちゃんと言うつもり」

と思っていますか?

実は、これはどちらも間違いです。

それでは、ご自身が愛しているご自分のお子様のことを、あなたはどのくらい知っていますか?

「子供のことは愛しているけど、子供の考えていることはよく分からない」

と思ったりしていませんか?

 

七田式教育の創始者である七田眞氏は、「子供を愛するとは子供の心を知ること」と述べています。

 

「子どもを愛するためには、子どもの無意識な心の働きを知らなくてはなりません。ところがここがよくわからないので、たいていの母親が子どもを扱うのにてこずっておられるのです。

 何よりも一番困ったことは、親に子どもを教えなくてはならないという気持ちが強すぎることです。

 

 親は生まれたばかりの赤ちゃんは何も知らないから、すべてについて教えてやらなくてはならないと思っています。ここからすべての間違いが出てきます。

 教えようとすることが子育ての中心になってしまうと、子育てに失敗するのです。子育ての中心は、子どもを愛すること、それには子どもの心の働きを知って、それを満たしてあげることでなくてはいけません。

 

 教えることが中心になっている子育てをしている母親は、きっと難しい子育てをなさっているはずです。子どもは心を満たされていないので、素直でなかったり、反抗的だったり、やる気がなかったり、泣き虫だったり、たいてい扱いにくく育っているはずです。

 子育ての基本は子どもの心を育てることです。では子どもの心はどのように育つのでしょう。子どもの心を正しく見るには、子どもの心がどのように成長するのかを知らなくてはなりません。

 

 人間の頭を図に示してみると、三つの部分に分かれます。

 一番下にあるのは意(こころ)に関係がある脳幹です。脳の中心は、知の働きと関係ある新しい皮質にあるのではなく、この脳幹にあるという事実が大切です。

 人間としての働きの一番根幹になる部分がこの脳幹で、ここをたくましく育てることが何より大切です。外側の知を育てることが中心でなく、脳の根幹である意(こころ)を育てることが中心でなくてはなりません。

 

 子どもをたくましく育てるには、このたくましさの脳である脳幹に着目しなくてはいけません。やる気を大きく育てる教育は、この脳幹教育にあります。すると子育てには、脳幹の働きを知ることが何より重要です。

 子どものやる気をどう育てたらよいだろうかというお便りをよくいただきます。子どものやる気を育てるのは、本当はとても簡単なことなのです。

 脳幹の部分の働きとは、集団欲を満たそうとする働きです。人間の本能には、食欲、性欲などがあることが知られていますが、集団欲がすべての本能に先行する一番基本の本能です。

 

 子どものこの本能である集団欲を上手に満たしてやりさえすれば、子どもはやる気満々の子どもに育ちます。

 集団欲はどうしたら満たされるのでしょうか。集団欲は親に愛されることで満たされるのです。ところが親が子どもを上手に愛するすべを知らないでいるので、ほとんどの子どもは集団欲を満たされないでいるのです。

 集団欲はまずお母さんに愛されることによって、母と子の深いつながりができます。これが基本です。母との集団欲ができあがると、子どもの心は安心して他の集団へと向かうことができます。安心してみんなと遊べるようになるのです。

 

 脳幹は実は皮膚と根が同じなのです。胎児で細胞が分裂して脳が作られる頃、外胚葉の一部が脳幹を作り、一部が外に出て皮膚を形作ったのです。だからもともとは一つです。

 そこで脳幹の集団欲を満たし、たくましさを育てるには皮膚に働きかければよいことになります。つまりスキンシップが大切なのです。

 

 たいていの母親は子どもを十分愛していると思っています。けれどもたいていの子どもは母親に十分愛されていないと思っています。

 このギャップが子育てを難しくしているのです。

 

 親が子供に愛を伝えるのに、二つの方法があることを知ってください。二つの方法とは、

 ・抱きしめること、あるいは愛撫すること。

 ・子どもの話をよく聞いてあげること。

この二つです。」(4)

 

子供の話をよく聞き、子供とスキンシップを行うことによって、親の愛情を子供に伝えることが出来るのです。

ここでのスキンシップとは?

子供が小さい頃のスキンシップの代表といえば、もちろん、抱っこですね。

 

七田眞氏もこう述べています。

「たっぷりと抱っこすることで愛情を伝え、子どもの心を開き、母と子の信頼関係を築く方法を『抱っこ法』といいます。子育てがうまくいっていないと思っておられるすべてのお母さん方に、この抱っこ法を試みてくださることをおすすめします。子育てがうまくいっているというお母さんにもおすすめしたい方法です。」(5)

 

ぜひお子様をたくさん抱っこしてあげてください。

 

③小さいうちこそ厳しく躾ける

お子様をたくさん抱っこして、たくさん愛情を伝えてあげてください。

同時に必要なことが躾(しつけ)ですね。

可愛い我が子に対して厳しく躾けるのは、想像以上に難しいことです。

それこそ、深い愛情が無ければ出来ないことです。

 

では、お子様に対する躾はいつから始めるのがよいのでしょう。

「まだうちの子は小さくて言葉も分からないから、言葉が分かるようになったらちゃんと躾けるつもり」

と思っていたりしませんか?

「うちの子はまだ善悪の区別がつかないから、善悪の区別がつくようになってから躾ければよい」

と思っていますか?

これは、どちらも間違いです。

特に、善悪の区別とは躾の中で覚えることであって、誰かが勝手に教えたり、自分で勝手に覚えるものではありません。

七田式の創始者である七田眞氏は、小さいうちこそ厳しく躾けるのがよい、と述べています。

また、意志の強い、我慢強い子に育てるのがよいと述べています。

 

「子どものしつけを考える上で、第一に考えなければならないことは意志の教育、すなわち子どもを意志の強い子に育てるということです。

 ところで意志が強いということは、自己中心でわがままということではありません。逆に己の欲望や、感情に打ち勝つ力を持つことが意志が強いということです。

 

 子どもの個性を伸ばし、創造性豊かな人間に育てるには、苦しみに耐え、欲求不満に打ち勝つ子どもに育てることを考えねばなりません。意志の弱い子は個性を伸ばすことができません。

 そのような意志の強さ、耐える習慣は、子供が三歳になるまでにほとんど身についてしまいます。三歳を過ぎて、聞きわける力がついてからしつけを始める、では遅いのです。この時までにでき上がった性格は、もう非常に変えにくいものになっています。

 何も知らない三歳までの間に、いけないことはいけないと教えてやるしつけを考えることが大切です。

 

 大きくなって子どもが非行に走る原因の一つは、忍耐力の欠乏、すなわち自分の感情や気持ちを抑える意志の力が育っていないことです。我慢する力がないために非行化するのです。

 非行化は、実は赤ちゃん時代に子どもを甘やかすことから始まっています。外国人が日本に来て、日本の小さな赤ちゃんを見た時、『日本は赤ちゃんと老人に、最大のわがままと自由が許されている。日本は実に赤ちゃん天国の国だ』と言います。

 外国人は赤ちゃんの時こそ厳しくしつけるので、日本の母親が赤ちゃんに甘いしつけをすることが、非常に奇異に映るらしいのです。

 

 『菊と刀』という本の中で、ルース・ベネディクトという著者は、日本とアメリカでは厳格曲線が逆だと述べています。

 日本では赤ちゃんの時にわがままを許し、甘やかして育てておいて、大きくなるにしたがって次第に厳しくしようとするが、アメリカでは赤ちゃんの時にこそ厳しく、次第にそれを緩めていくといっています。

 

 厳格曲線は0歳の時に最も厳しく、三歳になると少しゆるめ、九歳になればもっとゆるめ、以後は親子話し合いの指導にもっていけばよいのです。

 0歳のときに最も厳しくというのは、具体的にどういうことでしょうか。赤ん坊が泣くと、母親は何をおいてもとんで行って、赤ん坊をすぐ抱き上げます。これでは待つ、我慢するという一番大切なことがしつけられません。

 

 赤ん坊が泣くのは、むしろ呼吸の訓練になると考えて、あわててとんで行かず、赤ん坊を十分泣かせたあと顔を出して、いきなり手をかけず、顔と顔を合わせて『どうしたの。お腹がすいたの?』あるいは『おむつが汚れて気持ちが悪いの?』などと声をかけ、泣きやんだら手をかけるという習慣を作るとよいのです。

 

 すると赤ん坊に待つ、我慢するという習慣がこの頃から身につきます。自分が泣くと、やがて落ち着いた母親の足音が聞こえ、戸を開ける音がして母親が顔を出し、にっこり自分を見て笑ってくれる。それから顔と顔を合わせてやさしい声で語りかけてくれ、自分が泣きやむと抱いてくれる。こういう流れが記憶でき、待つことが苦痛でなくなります。このように、待つことをこの頃から習慣づけるとよいのです。

 

 子どもが何かを買ってほしいと言った時、もしそれがダメな場合は、いくらひっくり返って泣き叫んでも、『ダメなものはダメ』と譲らない厳しさが母親に必要です。

 小さな頃からちょっとしたことを待つ、我慢するという習慣がついていれば、このような場面を演ずる子どもは育たないものです。

 

 子どもの望むままに育てることは、決して子どもの意思を自由に伸び伸び育てる結果にはなりません。それは子どもをわがままに育てるのです。

 子どもを甘やかし、我慢を教えないと、子どもの欲求は次第にふくれ上がって、抑えることを知らなくなります。

 

 子どもの欲求不満は我慢させられることから始まるのではなく、実は我慢を教えられなかったことから始まるのです。欲求不満は与えられないことから生ずるのではなく、反対に与えすぎることから起こることを知らなくてはいけません。我慢を知っている子どもには欲求不満はないのです。

 

 フランスでは中流家庭から非行少年がほとんど出ないといわれます。小さい時から厳しく我慢をしつけているので、子供たちは自分の欲望を抑えることを知っており、欲求不満を抱え込まないからです。」(6)

 

何でも子供の望むままに買い与えていながら「我慢することを教えなきゃ」といきなり買い与えることをやめてしまったら、七田氏の言うようにその子供には欲求不満を抱え込むことになります。

おそらくその頃には、その子は聞き分けられる年齢にも達しているのでしょうから、そこから性格を変えることは、至難の業ですね。

 

「子どもの欲求不満は与えられないことから生ずるのではなく、与えすぎるから起こることである」

 

ずっと覚えておきたい言葉です。

 


(1)多可町役場「広報たか」p.3 2016年9月号

(2)全社協「平成30年『老人の日・老人週間』キャンペーン要綱」 2018年 全国社会福祉協議会

(3)社会福祉法人多摩同胞会HP「理事のリレーメッセージ」2014年9月

                            (http://www.tama-dhk.or.jp/aboutus/rijimessage/riji_message_h26.html)

(4)七田眞「認めてほめて愛して育てる」p.47-50 1996年 株式会社PHP研究所

(5)七田眞「認めてほめて愛して育てる」p.55 1996年 株式会社PHP研究所

(6)七田眞「認めてほめて愛して育てる」p.62-66 1996年 株式会社PHP研究所