1. 子供の成長と七五三

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2018.11.06

子供の成長と七五三

子供の成長と七五三

皆さん、こんにちは。七田式東武練馬駅前教室です。

 

皆さんはお子様に愛情をいっぱい注いで育てていますか?

愛情いっぱいで育てられた子供は、素直な心が育ち、とてもやる気を持った子供に育ちます。

とても素直で創造性にあふれた、人の役に立ちたいという気持ちを持った子供に育ちます。

七田式の教室では、一人でも多くのこういった子供たちを育てたいという気持ちで、常に授業に取り組んでいます。

 

もうすぐ七五三。

七五三のご準備を進められているご家庭も多いことと思います。

晴れ着に身を包んで、いつもよりもちょっぴりお兄ちゃん、お姉ちゃんになったお子様の成長を、ご家族やご親戚の皆さんでお祝いですね。

 

今回は、七五三と七田式教育との意外(?)な関係について、次の3つのポイントでお話ししたいと思います。

 

①七五三の由来と意味

②親の愛が育てるもの

③子供のやる気

 

それぞれのポイントのタイトルだけを見ると、関係性などは何とも曖昧な感じがします。

ですが、ちゃんと関係があるんです。

 

①七五三の由来と意味

七五三は、起源としては室町時代(一説には平安時代)まで遡り、公家や武家で行われていた「髪置(かみおき)の儀」「袴着(はかまぎ)の儀」「帯解(おびとき)の儀」と呼ばれる、元々は別々に行われていた風習が合わさったものと言われており、現在のような形になったのは、天和元年11月15日(1681年12月24日)に舘林城主である徳川徳松(江戸幕府第5代将軍徳川綱吉の長男)の健康を祈って始まったのが、その由来とされています。

 

七五三は、3歳の男の子と女の子、5歳の男の子、7歳の女の子の成長への感謝と今後の成長へのお祈りのため、神社やお寺にお参りします。

上に書いた「髪置(かみおき)の儀」「袴着(はかまぎ)の儀」「帯解(おびとき)の儀」が、それぞれの年齢のお祝いにあたります。

「髪置(かみおき)の儀」…3歳男女:古来、数え年の3歳まで髪を短くしていると、その後美しい髪に恵まれると信じられていました。そのため、この日を境に髪を伸ばし始めるお祝いが3歳のお祝いです。

「袴着(はかまぎ)の儀」…5歳男児:数え年の5歳から袴の着用を許されたことによる、初めて袴を着けることのお祝いが5歳のお祝いです。

「帯解(おびとき)の儀」…7歳女児:それまで紐のついた子供用の着物を着ていたものを、紐を取って大人と同じ形の着物を着るようになったことのお祝いが7歳のお祝いです。

 

今とは違い、当時は医療が進んでいなかったために乳幼児の死亡率も高く、子供を七五三の年齢まで無事に育てることは並大抵なことではありませんでした。

「七つまでは神の内」と言うように、それまでの子供の成長は神様にお任せするしかなかったのです。

また、風水では3・5・7の数字は奇数とあり、強い生命力を表す数です。この強い陽の力に災いとなる邪気を祓う願いを託したのでしょう。

我が子の成長を喜ばない親はいません。

七五三は、子供が無事に育つことが出来たことを皆で祝い、これまで見守って下さった氏神様やご先祖様にお参りをして感謝の気持ちを表し、これからの健やかなる成長をお祈りする日なのですね。

 

ではなぜ11月15日なのでしょうか。

まず、15日について。

旧暦は太陰暦のため、毎月15日はほぼ満月となります。満月の日に特別な儀礼を執り行うのは、当時の状況を考えると当然のことです。

また、15日は、かつては二十八宿の鬼宿日(鬼が出歩かない日)に当たり、何事をするにおいても吉であるとされていたことも関係しているようです。

 

そして11月。

旧暦の11月は特別な月でした。

旧暦の月の決め方によると、「11月は冬至を含む月」と規定されています。つまり、11月が最初に決まり、そこから新月を境にして次の月が決まっていくわけです。

年や日にちに十二支が割り当てられていますが、月にも同じように十二支が割り当てられています。

冬至を含む旧暦11月は毎年必ず「子(ね)の月」になります。つまり十二支の最初の月が11月なのです。

子(ね)の月にやってくる満月の日が旧暦11月15日というわけです。

この特別な日に我が子の年齢儀礼、通過儀礼を執り行ってきたことを考えると、子供の成長を心から喜び、深い感謝の気持ちを持ってきたことが分かります。

 

②親の愛が育てるもの

子供が生まれてきてすくすくと成長することは、親にとって最大の喜びですよね。

「生まれてきてありがとう」

「ここまで成長してくれてありがとう」

「こんなに大きくなってくれてありがとう」

毎日がこういった思いの連続だと思います。

だからこそ、子供に対して深い愛情を注ぐことが出来ます。

一方で、親である限り、必ず子育てをしなければなりません。

 

では、子育ての目的とはいったい何でしょう。

 

七田式教育では、子育ての目的は子供の心を育てることと考えています。

親が愛情を持って子育てをすることで、子供の心を育てられるという考えです。

 

七田式教育の創始者七田眞氏は、著書「認めてほめて愛して育てる」(PHP研究所)の中でこう述べています。

「子育ての目的は何でしょう。子どもの心を育てることと考えましょう。子育てを知らないで、未熟な親が子育てをすると、子どもの体や心に悪い影響を与えます。

 親が子育てでイライラし、不愉快な原因はすべて子どもにあると思い、子どもにつらくあたると、子どもは素直に伸びなくなります。

 子育ての基本は『認めて、ほめて、愛して』育てることです。知識や技術を教え込むことを子育ての目的にすると、心不在の教育になり、子どもの姿がおかしくなり、子育てが楽しくなくなるのです。

 子育ては本来楽しいものです。母親としての幸せを実感するような上手な子育てをしましょう。

 精一杯子育てをしているのに、子どもがうまく反応してくれない。子どもがうまく反応してくれないのは、自分のせいではなく、子どものせいであると考える。これが未熟な母のしるしです。

 最初は未熟でいいのです。誰だって初めは、未熟なのですから。そこから学んで上手な子育てのできる母親に成熟していけばよいのです。

 成熟した母親のしるしは、親が至らないために子どもの反応を悪くしていると反省できることです。うまくいかないのは、親がそのように『刷り込み』をしていると気付き、愛情不足、言葉不足、ほめることが少なくて、子どもの心を動かなくしていると気付くことが重要です。

 親の接し方で、子どもの無意識の心に悲しみや不満、不安を刷り込んでしまうと、子どもがおかしくなりはじめるのです。自分の接し方で傷ついた子どもの無意識の心が、子どもをおかしくしているのだと、さっと反省できることが大切です。

 子どもが恥ずかしがり屋で引っ込み思案。外交的でなく内向的。何でも人のせいにする。自分が正しく人が悪いと言う。叱るとすねる。これらを、子どもが持って生まれた性格だと思ってあきらめていませんか。実はすべて親が育てた姿なのです。

 これらの姿はお母さんの愛情が正しく伝わっていない姿なのです。親が気付いて正しく子どもに愛情を伝えると、子どもの心が育ち、様子が変わります。

 やさしい心根や性格、才能も親の刷り込みであれば、いじわる、わがまま、優柔不断、攻撃的であるのも、親の育てた姿なのです。そしてそれらはもうどうしようもないものではなく、いつでも母親の深い愛があれば取り返せるものなのです。」(1)

 

親の愛が育てるもの。

それは、子供の心です。

ここで、あるお母さんのエピソードをご紹介しましょう。

このお母さんは、小学生の男の子の子育てに悩んでおられたところ、七田眞氏の本を読み、書かれていたことを実践することで、悩みが一気に解消されたそうです。

 

「あるお母さんは、性格は優柔不断、学校の成績は中くらいの、小学校五年生の男の子が、下の小学校三年生の学校の成績もよく、積極的な弟と比べて何かにつけて劣ると思い、この子をどうしたものかと、ずっと悩んでいました。

 私(注:七田眞)の本を読み、子どもをそのままでいいんだと受け入れることを学び、母親の愛を伝える方法を試みたところ、どうでしょう、その子が一変してしまいました。明るくなり、記憶のよい子に変わり、学校の成績もよくなりました。

 母親の愛を伝えればいつでも取り戻しができると聞き、その方法を実践してみたのです。その実践の方法とは、

 ①子どもをそのままでよいと受け入れる

 ②子どもを抱きしめ、これまでに子どもの無意識の心に悲しい思い、不安や不満な思いを与えていたことがないかを反省し、思い当たることがあったら、心からそのことを子どもに詫び、今、いかに自分がその子のことを愛しているか心から伝える

というものです。(中略)

 その日からです。子どもの能力が一変したのは。今まで悪かった記憶力がよくなって、弟よりもすぐれた成績を示す学科もでてきました。」(1)

 

と、ここまで読まれて、何かに気が付きませんか?

親の愛が育てるもの、それは子供の心です。

それと同時に、子供が母親から愛されていると実感することで、もう一つ育っているものがあります。

次は、その「もう一つ育っているもの」についてお話ししましょう。

 

③子供のやる気

親の愛が育てるもう一つのもの、それはこのタイトルにある「子供のやる気」です。

先ほどの、あるお母さんのエピソードにあった小学校五年生の男の子は、そのままの自分自身を母親から認めてもらい、受け入れてもらい、母親からの深い愛情を受け取りました。

この男の子の心は、母親から愛されているという安心感で一杯になっていました。

心が安心することで、この男の子は「お母さんがいつも自分についていてくれる、怖くはないんだ」という気持ちになり、そこから外に対して積極的に向かう態度、すなわち「やる気」が育ったのです。

そして、子供のやる気を育てることこそが育児なのです。

このことは、前出の「認めてほめて愛して育てる」にも書かれています。

 

「子どものやる気は母親に愛されているという安心感から育ちます。お母さんが子どもに対して、柔らかく、温かく、爽やかな声をかけてあげると、いっぺんに楽しくなり、不安も消し飛び、お母さんが自分についていてくれる、怖くはないぞと外に対して積極的に向かう態度が育ちます。

 反対にお母さんの声が暗く、沈んでいる、冷たい、荒々しい、皮肉っぽい、とげがある、黙って声をかけてくれないとなると、子どもの心はいっぺんに不安に満たされます。

 するとやる気も消えてしまうのです。子どもの心に強い不安、強い恐れ、怒りなどの気持ちが潜んでいると、子どもの心はうまく育たず知的な伸びも停滞をみせます。感情の発達も大幅に遅れます。

 子どもの心に強い不安、不満、恐れ、怒りなどを起こさせていないでしょうか。子どもへの言葉がけが少ないと、子どもはだんだん不安定になります。

 泣いている子どもに『どうしたの?』としつこく聞いても、子どもの心に愛を伝える語りかけでないと、いくら言葉をたくさんかけても、子どもには『わかってくれない』と不満をかき立てることになります。

 『悪かったね。ちょっと用があったので遅れてしまってごめんね』とか『お腹がすいたでしょ』と、しみじみお母さんの気持ちを注ぎこんであげると、子どもは心の底から、私のことを考えてくれていると嬉しさと楽しさでいっぱいになります。

 子どもは心のこもった母親の愛の言葉を待ち望んでいて、それを与えられると安心し、そこからやる気を大きく育てるのです。

 このように子どもがやる気を出すように育てるのが育児です。そして、やる気を育てるには正しい刺激、つまり愛のこもった言葉がけが必要です。愛という刺激が子どもの心を豊かに開いていきます。閉ざされた心も開きます。

 子どもはもともと無限に伸びる本性を持っていて、ここに親の愛の光を注いであげれば、どんなに心を閉ざした子どもでも、必ず心が溶け、動きだします。

 積極性がなく、自分で動かない子、言われた通りにしか動かない子はどうして育つのでしょう。親がこの子は何も知らない、何もできない、私よりも劣っているという扱いをしていて、子どもにかける言葉が、命令語、否定語、禁止語になっている時、子どもの心は動かなくなるのです。

 命令されて動く子は、嫌々動いているから動作はのろくなります。することもうまくできないものです。うまくできない。のろのろする。上達しない。すると親はまた叱る。すると子どもは『ママはいつも私に嫌なことばかり言う。私が嫌いだから』と思い、ますます不安な心をつのらせます。

 子どもは本来好奇心にあふれ、学びたい気持ちをいっぱい持っているものなのです。けれども子どもの心の動きには無関心に、親が教え込もうとすればどうでしょう。親のすることが子どもの興味や関心に合っていればいいのですが、合っていなければ、子どもは顔を背けてしまうでしょう。

 これは、『ママ、そんなことには興味ないよ。もうたくさんだよ』という子どもの心の合図です。親がそれに気付かず、あくまでも自分の立てたプログラムを変えようとせず、子どもに押しつけをすると、子どもはすっかりやる気をなくしてしまいます。

 反対に子どものしたい気持ちをどんどん伸ばしてあげれば積極的に育っていくのです。」(1)

 

子供に対して命令語や否定語などではなく、愛情を持った言葉をかけてあげることで、子供のやる気が育てられるのですね。

たしかに大人の場合でも、自分のやることややりたいことを頭ごなしに否定されたら嫌になりますが、少しでも認めてもらえれば、それだけやる気が出てきますね。

 

ここまで読んでこられて、気が付かれた方もいらっしゃることと思います。

子育ての基本は子供に対して愛情を注ぐこと、その愛情とは「生まれてきてくれてありがとう」「私たちのところに来てくれてありがとう」といった子供に対する感謝の気持ちから出ていること、そして、そういう気持ちで子供に接すると、子供も心が育ち、やる気を育てられること。

 

冒頭にも書きましたが、七五三は子供の成長を祝う行事であり、そこには「生まれてきてくれてありがとう」「こんなに成長してくれてありがとう」「ここまで大きくなってくれてありがとう」という子供に対する感謝の気持ちも含まれています。

七田式教育では、この「子供に対する感謝の気持ち」がベースにあります。

教室に来られているお子さん一人一人をそのままで受け入れ、何かが出来ると、どんなに些細なことでも必ず誉めます。それこそ、これでもかというくらい誉めます。そうすると、最初はグズって教室に入るのさえ嫌がっていたお子さんが、授業が終わるころにはニコニコ顔で歌を歌っていたり、暗唱をしていたりするのです。

 

難しいことではありません。

実際には、お子さんにかける言葉をほんの少し変えるだけですから。

ただし、お子さんに対して深い愛情を持った上での言葉であるということが大前提です。

 


(1)七田眞「認めてほめて愛して育てる」34,36,42 1996年 PHP研究所