1. 暗示と才能逓減と運動会

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2018.10.12

暗示と才能逓減と運動会

暗示と才能逓減と運動会

皆さん、こんにちは。七田式板橋教室です。

 

秋の運動会シーズンですね。

皆さんは運動会といえば、春でしょうか。それとも、秋でしょうか。

秋にはたくさんのイベントが開催されるため、イベントの重複を避ける目的で運動会を春から初夏にかかる5月下旬から6月上旬にかけて開催する学校や幼稚園、保育園もたくさんあります。

 

運動会が好きなお子さんもたくさんいることと思います。

運動会といえば、前日から興奮でわくわくして、夜もなかなか寝付けなかったことを思い出します。

 

今回は、運動会と七田式教育について、次の4つのポイントでお話しをしていきましょう。

 

○運動会の今昔(いまむかし)

○運動会の歴史

○暗示学習法

○ここまで走っておいで

 

運動会といえば、かけっこ(徒競争)でしょうか。やはり、花形はクラス対抗リレーでしょうか。全員参加の組体操(ピラミッド)でしょうか。それとも、運動会といえば、一番の楽しみはお弁当なのでしょうか。

 

○運動会の今昔(いまむかし)

今では学校、幼稚園、保育園のほとんどで、運動会は必ず開催されています。

多くは、学校や幼稚園、保育園の単位で開催されますが、以前は、小学校や中学校の運動会といえば、地域ぐるみの大イベントでした。

昔だけではなく、おそらく今でも地域のイベントとして、小学校や中学校の運動会が行われているところもあると思います。

 

明治時代に、全国の小学校や中学校で運動会が行われるようになったのですが、運動会の開催にあたって、困った問題がありました。

当時の学校の多くは広い校庭を持っていなかったため、学校の敷地で運動会を開催出来なかったのです。

そこで、初期の運動会は、複数の学校が近くの野原や神社の境内、浜辺や練兵場などの広い場所に集まって、合同で行っていたようです。

学校ごとにそこまで行進していき、到着後は遊んだり運動競技を行ったりと、運動会と遠足がワンセットで開催されていました。

 

当時の国情を示していますが、敵の攻撃を想定した行進や、数軍に分かれて戦う旗奪いをすることもあり、子供版の軍事演習の性格も持っていました。

明治期に一貫して頻繁に実施されたのは綱引きで、次が徒競争だったようです。そのうちダンスが登場し始めたり、単独の学校で開催するところも出てきました。

 

大正期には単独での運動会が増え、種目も幅広く多彩になっていきました。運動場の中央に高いポールを立てて「日の丸」を掲げ、それに万国旗を結びつけた長いロープを四方八方へ張って、中央に置いたオルガンを教師が弾き、周りを児童・生徒が取り囲んで演技する風景が見られたようです。

現在とはかなり違いますが、これが日本の運動会のルーツのようです。

 

運動会は当初から「村の祭り」としての性格も持っていました。先生や児童の数を遙かに超える村人が集まって賑わっていました。

大正期にはその性格がより強くなり、店や家業を休みにして町全体で賑わったり、飴やせんべい、飲み物の出店が出たり、1ヶ月も前から練習や準備にかかり、中でも仮装行列は集落ごとに力を入れていたというようなことがあったそうです。

文部省(現文部科学省)や府県が運動会を派手にしないよう、命令を繰り返し出しているほどで、祭りとしての開催が続いていたようです。(1)

 

また、多くの村人が参加したり観覧したりするため、運動会は、稲刈りが終わって農閑期となる秋に開催されることが多くなったそうです。

 

○運動会の歴史

運動会の起源はヨーロッパにあるとされていますが、欧米では体育及びスポーツの分化により、一方では特定種目の競技会やそれを複合させたスポーツ競技会、一方で子供による伝統的な遊戯祭りやピクニック会などへとつながって、今日に至っています。

そのため、日本の運動会のように参加者が一定のプログラムについて順次全体としてまとまりながら競技・演技を行う形式の体育的行事は「近代日本独特の体育的行事」と言われています。

日本に見られる行事形式の体育的催しは、日本の他に台湾、朝鮮半島など日本統治時代から盛んになり、存続しています。

駆け足での集合や隊列を組んだ行進、点呼や声の同期、バンカラ風の応援、軍歌「歩兵の本領」の替え歌による応援など、戦時下当時の名残が定着しています。

 

運動会が日本で行われだしたのは明治時代ですが、当初、運動会は「競闘遊戯会」「体操会」「体育大会」などと呼ばれていました。

日本で最初に行われた運動会は、定説では1874年3月21日、海軍兵学寮で行われた競闘遊戯会であるとされています。

1878年5月25日には札幌農学校で「力芸会」が開催されたのですが、その後わずか数年で北海道内の小中学校に広がったといわれています。また、1883年からは東京大学で「運動会」が定期的に開催されています。

その後、初代文部大臣・森有礼(もりありのり)が体育の集団訓練を薦めるため、学校で運動会を行うようになったようです。

第二次世界大戦中は運動会の種目にも戦時色が強まり、騎馬戦・野試合・分列行進などが行われましたが、戦争末期には食糧難から運動場が農地化するなどして実施が不可能となった例も多かったそうです。(2)

 

運動会の意味や目的は、明治時代から今までで大きく変わってきました。

明治時代は、「競闘遊戯会」(きそいあそび)という名の基礎訓練の一つとして導入されたもので、優秀な兵士を育てることが目的で行われていました。

現在の運動会は、協調性を重点として開催されることがほとんどで、個人競技として勝負を競う競技は年々減ってきているのだそうです。

曲に合わせてみんなで考えたダンスを踊ったり、組体操で集団での協調性をアピールするという形式のものが、最近では多いようです。

学校教育の中の大きな行事の一つであることは変わりませんが、戦闘訓練だった運動会は、時代の流れとともにチームワークを深める行事となっていきました。(3)

 

○暗示学習法

七田式教育では、暗示学習法を取り入れています。

授業の冒頭、「瞑想」「呼吸」「暗示」を行うことで、心を落ち着けて潜在意識の中に教わったことを入れるための作業をしています。

七田式教育の創始者七田眞氏は、著書の中で次のように述べています。

 

「子どもたちをすぐれた人物に育てるには、両親の暗示に勝るものはないのです。この暗示を上手に使うには、暗示とはどういうものかを正しく知っていなければいけません。

 暗示というのは潜在意識に入れる言葉なのです。人間には顕在意識と潜在意識の二つの意識があり、通常私たちは顕在意識で動いているように見えますが、実は無意識(潜在意識)で行動している部分の方がはるかに多いのです。

 人は自分のことについて、記憶力が弱い、理解力に自信がない、性格が変えられない、と心の奥にいるもう一人の自分(潜在意識)が常にささやきかけ、知らず知らずのうちにそのように思い込んでしまっているのです。

 このように普通の意識より潜在意識のほうが、その人の性格や才能を形作っているのです。

 すると、子どもを動かしているのは、子どもの潜在意識だということが容易にわかるのではないでしょうか。

 数年前京都でお会いした発明家のO先生は、次のような興味深い話をしてくださいました。

 先生はわが子を育てるのに、暗示を使ってたいへん楽な子育てをしたと、先生の子育ての体験を語ってくださったのです。

 先生は長女に、生まれたばかりの赤ちゃんの時から次の言葉を何万回となく、くり返し聞かせて育てられたそうです。赤ちゃんを抱っこして、次のように言います。

『強情と、

 わがままと、

 泣き虫はダメですよ。

 やさしく、

 おしとやかで、

 お返事は“ハイ”ですよ』

 赤ちゃんが泣いた時、抱き上げてこの言葉をいつも言って聞かせて育てたので、この言葉を聞くと、この子はいつもピタリと泣きやんだそうです。そしてとてもやさしい、しとやかな、返事のよい娘さんに育ったということです。

 先生はこうして育てれば、大きくなって理屈で育てるよりも、無意識によい性格を身につけてしまうと話されました。

 子どもが少々人よりすることが遅くても、『大丈夫だよ。おまえはいつもよく頑張るから、将来きっと大物になる。大物はいつもあとから行くんだよ』と言ってわが子を実際に大物に育てたという話をどこかで読んだことがあります。

 この本を読むお母さま方にも、子育てにこの暗示の力を最大限に活用していただきたいのです。

 私はある時、東京の、オリンピック選手をよく出している水泳教室を訪問しました。そこのコーチの先生に『オリンピックに出るようなすぐれた選手を育てている、その秘密は何ですか』と尋ねてみました。すると『君たちはオリンピックに出るんだよ、といつも暗示しています』という返事でした。

 やはりここでもよい暗示が使われているのを知りました。

 お母さまたちはいつもわが子に『ダメねえ』『どうしてそんなに遅いの』等々、マイナスの言葉をくり返し言っています。するとそれが潜在意識に入ってしまうのです。

 そうしてわが子が自分が入れた暗示の通りに育っている姿を見て、嘆き、叱っているのです。

 お母さんに否定的なマイナスの心が多いので、子どもに小さな頃からマイナスの暗示を与え続け、そのため子どもの頭には否定回路が育ってしまいます。赤ちゃんの時からのお母さんの言葉一つで、子どもの頭に肯定回路が開けるか、否定回路が開けるかが決まっていきます。

 肯定回路はベータ・エンドルフィンが分泌される学習の楽な回路です。否定回路はアドレナリンが分泌される学習の難しい回路です。

 肯定回路が開けている子どもは、心がいきいきとよく育っていてプラスのエネルギーに満ちています。何をするのも楽しく、心身の状態がよく、すいすい勉強も学んでいきます。

 次のことはぜひ覚えておいていただきたいことです。

 子どもをマイナス暗示で否定状態におけば、子どもの反応はマイナスになります。逆に、子どもをプラス暗示で肯定状態におけば、子どもの反応はプラスになります。」(4)

 

このように、子供に対する暗示が、子育てをする上で大きく影響することがよく分かります。

子供を見ていると、つい「どうして出来ないの」「ダメじゃないの」などと言ってしまいがちです。

これが繰り返されることで、子供にとっては寧ろマイナスの暗示がかけられていることになるのです。

そうではなく「君たちはオリンピックに出るんだよ」のように、プラスに働く暗示をかけることで、子供の反応がプラスになるのです。

 

○ここまで走っておいで

プラスの暗示を受けた子どもは、オリンピック選手になることも出来る。

子供に対して繰り返す暗示をプラスのものにするだけで、本当にすごい効果ですね。

「元々そういう能力がある子供だったから、オリンピック選手になれたんじゃないの?」

「ごく普通の家庭に育った子供だと、オリンピック選手にはなれないでしょ」

と思う方もいらっしゃるかもしれません。

元レスリング選手でオリンピックに出場した浜口京子さんのお父さんは元プロレスラーのアニマル浜口さんですし、元ハンマー投げ選手でオリンピックや陸上競技の世界選手権に出場した室伏広治さんのお父さんは、ハンマー投げで元アジア記録保持者の室伏重信さんです。

たしかに浜口さんや室伏さんは、生まれた頃からそういう環境の中で育ったとも言えるかもしれません。

ですが、オリンピックの選手もプロスポーツ選手もおそらくほとんどの選手は、浜口さんや室伏さんとは違い、ごく普通の家庭で育った、ごく普通の人たちです。

 

七田式創始者七田眞氏の次男で現在七田式主宰の七田厚氏も、お父さんが七田眞氏だったことを除けば、ごく普通の家庭に育った、ごく普通の人だったと言えると思います。

七田厚氏が幼稚園に通っていた頃、お父さんである眞氏から突然「楽しいことをするから、こっちに来てごらん」と言われました。

ある程度の距離を子供たちが走って、ゴールで待っているお父さん(七田眞氏)の胸に飛び込むという“遊び”でした。

七田厚氏は当時5歳半、妹さんが2歳半、弟さんは1歳ちょっとの頃です。

初めのうちは3mの距離を走って眞氏の胸に飛び込むということを、一週間経ったら50cm伸ばして3.5m、その翌週はまた50cm伸ばして4m…というように距離を少しずつ伸ばし、最終的には30mほどの距離を走らせたそうです。

その結果、厚氏の妹さんと弟さんはとても足の速い子供に育ち、特に妹さんは中学時代、島根県でも有数のスプリンターだったそうです。

対して、長兄の厚氏は足は速くならず、小学校時代、100m競走はいつもビリだったそうですが、走ることそのものには効果があったのか、中学時代に補欠ではありますが駅伝大会の選手に選ばれたこともあったようです。

 

七田式教育では、暗示教育法と同じくらい重要なキーワードとして「才能逓減の法則」というものがあります。

教育で大切なのは0~6歳の間であり、その間にどのような環境で育ったかがその子の性格や資質、才能を決定づけ、教育に関するアクションは0歳に近いほど大きく伸びる可能性があり、遠ざかるほど可能性は次第に減じて『逓減して』いく。

かなり大まかですが、才能逓減の法則とはこのような感じです。

 

要するに、七田眞氏は自分の子供を使った“実験”を行ったわけですが、そのとき、始める年齢が低いほど伸びる(この場合は足が速くなる)という結果を七田眞氏は得ました。

そして、その後の子育てや教育理念づくりに役立てられていたのでしょう。

 

現在、オリンピックで活躍する体操の白井健三選手も同じ感じだったようです。

白井選手のご両親が営まれている体操教室が創設されたのは1999年でした。

当時、三兄弟の末っ子の白井選手は1歳、一番上のお兄さんは8歳だったそうです。

体操に最初に触れるのが年齢的に一番早かったのは、末っ子の白井健三選手でした。これがオリンピックでの活躍にも繋がっているのでしょう。(5)

 

よく言われていることですが「天才の子は天才」ではなく、その子の才能や資質は、育っていく過程の環境因子が大きく影響します。

すなわち、子供の才能を伸ばすには、環境を整えることが大切である、ということです。

七田式教室では、通われているお子さんの才能を伸ばすためのお手伝いをさせていただいている、そんな気持ちで毎日、たくさんのお子さんと接しているのです。

 


(1)毎日小学生新聞2016年9月4日(https://mainichi.jp/articles/20160904/kei/00s/00s/007000c)

(2)日本体育協会監修「最新スポーツ大事典」94-96 大修館書店 1987年

(3)知って得する豆知識+ byキリンキッズ(https://osusume-idea.com/archives/3879)

(4)七田眞「認めてほめて愛して育てる」128-132 PHP研究所 1996年

(5)七田厚「親の思いを強制しない勇気 七田式の原点『大切なことは、みな子供たちから学んだ』17-21 眞人堂 2017年