1. 秋の花火と心の子育て

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2018.11.06

秋の花火と心の子育て

秋の花火と心の子育て

皆さん、こんにちは。七田式高田馬場教室です。

 

花火大会といえば真夏の祭典、夏の風物詩というイメージだと思います。

しかし、夏ほどではありませんが、秋にも各地で花火大会が開催されていることをご存知ですか?

全国各地で7月から8月にかけて多く開催される花火大会ですが、9月、10月、場所によっては11月、12月まで花火大会は開催されています。

 

大きさに関係なく、花火はとても綺麗ですね。

夜空に大輪の花を咲かせる打ち上げ花火は、本当に圧巻です。

 

花火を見て綺麗だなと思う心は、世界中の誰もが持っているものだと思います。

綺麗なものを見て綺麗だと思う心はとても大切です。

七田式では、「心を育てる」ことがとても重要だと考えています。

 

今回は秋の花火大会と心を育てることについて、次の3つのポイントでお話しを進めましょう。

 

①秋に開催される花火大会

②花火大会の歴史

③子育ては子供の心を育てること

 

秋の花火大会、思ったよりも多く開催されているんですね。

 

①秋に開催される花火大会

ヒューヒュルルル……ドドォーン!!パチパチパチパチ……

夜空に大輪の花が咲きました。

 

冒頭にも書きましたが、夏だけでなく秋にも全国各地で花火大会が開催されていることをご存知でしたか?

今年(2018年)は10月だけで22件の花火大会が開催されています。

また、11月以降も10件の花火大会が予定されています。(1)

 

10月開催の花火大会は次の通りです(2018年)。(1)

 

4月28日~10月31日

・第37回洞爺湖ロングラン花火大会(北海道)

10月6日(土)

・第87回土浦全国花火競技大会(茨城)1

・第25回川中島古戦場まつり大花火大会(長野)

・花火シンフォニア(神奈川)…7日、28日も開催

10月13日(土)

・大曲の花火 秋の章「花火劇場~エバーグリーン~」(秋田)

・燃えよ!商工会青年部!!「第17回こうのす花火大会」(埼玉)

・さいたま市政令指定都市15周年記念花火大会(埼玉)

・成田山開基1080年記念NARITA花火大会in印旛沼(千葉)

・第40回世田谷区たまがわ花火大会(東京)

・第77回川崎市制記念多摩川花火大会(神奈川)

・第62回大垣花火大会(岐阜)2

・第50回田辺花火大会(和歌山)2

10月20日(土)

・第15回釧路大漁どんぱく花火大会~道新・光と音のファンタジー~(北海道)2

・ふじさわ江の島花火大会(神奈川)

・みよし市民復興記念花火まつり(第29回みよし市民納涼花火まつり)(広島)2

・第31回やつしろ全国花火競技大会(熊本)

10月27日(土)

・映画のまち調布“秋”花火大会2018(第36回調布花火)(東京)

・第41回浦添てだこまつり(沖縄)…28日も開催

・第4回恩納村美ら海花火大会(沖縄)2

10月28日(日)

・追浜 海の花火大会(2018Y・フェスタ追浜)(神奈川)

・天橋立「ふゆ花火」(京都)

・江田島湾海上花火大会(広島)2

 

11月以降の花火大会は次の通りです。(1)

 

11月3日(土・祝)

・第7回寒川みんなの花火(神奈川)

・第43回三原やっさ祭り「2018やっさ花火フェスタ」(広島)2

11月4日(日)

・みやざきシーサイド芸術花火2018(宮崎)

11月17日(土)

・Cygames presents 伊万里湾大花火2018(佐賀)

11月18日(日)

・第49回玉野まつり花火大会(岡山)2

11月23日(金・祝)

・立川まつり国営昭和記念公園花火大会(東京)2

11月24日(土)

・桑名水郷花火大会(三重)2

・秋の名張川花火大会(名張川納涼花火大会)(三重)2

12月9日、16日(日)

・熱海海上花火大会(冬季)(静岡)

12月24日(月・振休)

・ISOGAI花火劇場in名古屋港~次世代を担う子供たちに美しい花火を~(愛知)

 

北海道から沖縄まで、10月以降だけでも32件(2018年)もの花火大会が開催されています。

お近くで開催される場合には、是非行かれてみてはいかがですか。

 

②花火大会の歴史

花火の起源については諸説ありますが、一般に花火のルーツは紀元前3世紀頃の古代中国の狼煙(のろし)とされ、煙による通信手段であり、火薬の技術の発達とともに花火が誕生することとなりました。

鑑賞用の花火がはじまったのは14世紀のイタリア・フィレンツェといわれています。

火薬の伝来とともに、花火が行われるようになりました。世界初の花火は、キリスト教の祝祭で火を吐く人形のようなものだったそうです。

その後、17世紀にはポーランドやスウェーデン、デンマークなどに花火学校が設立され、花火技師が養成されました。

 

古い記録としては、室町時代の公家万里小路時房の日記『建内記(建聖院内府記)』の1447年5月5日(文安4年3月21日)条に、浄華院での法事の後に境内で「唐人」が花火と考えられる「風流事」を行ったという記事が書かれています。

そこでは、竹で枠を作り、火で「薄・桔梗・仙翁花・水車」などの形を表現したもの、火が縄を伝って行き来するといったものや、「鼠」と称し火を付けると「走廻」るもの、手に持って火を付けると空中を「流星」のように飛ぶもの、などが披露されたということです。

時房は「希代之火術也」と賞賛し、褒美を与えたそうです。

 

日本に鑑賞用の花火がやってきたのは戦国時代のことのようです。

鉄砲や火薬とともに入ってきました。

天正17年(1589年)には伊達政宗が観たという記録があり、慶長18年(1613年)にはイギリス国王ジェームス一世が徳川家康に花火を観せたという記録も残っています。

当時の花火は筒から火の粉が吹き出す、いたってシンプルなものだったようです。(2)

 

享保17年(1732年)、全国的な飢饉とコレラなどの疫病により、多数の死者が出ました。

そこで、8代将軍・徳川吉宗は慰霊と悪疫退散を願い、川開きの日に水神祭を行い、これに合わせて町方でも川施餓鬼を行いました。

翌年には前年の行事にちなんで川開きの日に6代目鍵屋弥兵衛により、20発前後の花火が打ち上げられたそうです。

これを「両国川開き花火」と呼び、後の「隅田川花火大会」のルーツとなります。

また、当時、大名たちの間では隅田川に舟を出す遊びが流行っていました。

夏になると、その遊びの一環として花火舟が出るようになったのです。

花火ブームは庶民にまで飛び火。花火職人や花火売りが町に出るようになりました。

しかし、そのせいで町では火災が多発。

これを重くみた幕府は「花火禁止令」を出したほどでした。(2)

 

現存する日本で最も古い花火業者は、東京(当時の江戸)の宗家花火鍵屋であり、1659年に初代弥兵衛がおもちゃ花火を売り出しました。

鍵屋初代弥兵衛は大和国篠原(現在の奈良県五條市)出身であり、幼少の頃から花火作りに長けていたそうです。

1659年、江戸に出てきた弥兵衛は葦の中に星を入れた玩具花火を売り出しました。

弥兵衛はその後研究を続け、両国横山町に店を構え「鍵屋」を屋号として代々世襲するようになりました。

その後大型花火の研究を進め、1717年には水神祭りに合わせて献上花火を打ち上げました。

 

鍵屋と並んで江戸の花火を代表したのが玉屋です。

玉屋は六代目の鍵屋の手代であった清吉が1810年に暖簾分けをし、市兵衛と改名の上、両国広小路吉川町に店を構えたのが始まりです。

鍵屋、玉屋の二大花火師の時代を迎えるようになった江戸では、両国川開き花火は、両国橋を挟んで上流を玉屋、下流を鍵屋が受け持つようになりました。

 

「たーまーやー」「かーぎーやー」というかけ声が生み出され、当時の浮世絵を見ると玉屋の花火は多く描かれており、また「橋の上、玉や玉やの声ばかりなぜに鍵やといわぬ情(じょう)なし」(「情」と鍵屋の「錠」をかけている)という歌や「玉屋だと またぬかすわと 鍵屋いい」という川柳が残っていることから、玉屋の人気が鍵屋をしのいでいたと考えられます。

 

しかし1843年5月16日(天保14年4月17日)、玉屋から失火、店のみならず半町(約1500坪)ほどの町並みを焼くという騒動がありました。

当時失火は重罪と定められており、また偶然将軍家慶の東照宮参拝出立の前夜であったことから厳しい処分が下され、玉屋は闕所(財産没収)、市兵衛は江戸お構い(追放)となってしまい、僅か一代で家名断絶となってしまいました。

 

当時は、鍵屋のような花火専門業者の花火は町人花火と呼ばれました。

このほか、大名らが配下の火薬職人らに命じ、競って隅田川で花火を上げたといい、これらの花火は武家花火と呼ばれます。

特に、火薬製造が規制されなかった尾張藩、紀州藩、水戸藩の3つの徳川御三家の花火は御三家花火と呼ばれ、江戸町人らに人気があったそうです。

 

また仙台の伊達家の武家花火も、伊達政宗以来の豪放な藩風を反映させ、仙台河岸の花火として江戸町人の人気を得、見物人が大挙押しかけ、藩邸近くの萬年橋の欄干が折れるという事故まで発生したほどです。

武家花火は、戦に用いる信号弾のようなものが進化したもので、狼煙花火と呼ばれ、垂直方向に着目した花火であり、色や形を楽しむ仕掛け花火を中心とした平面に特化した町人花火とは方向性が異なっていました。

この方向の違いを共に取り入れたのが現代の日本の花火技術となります。

 

日本煙火芸術協会創立者で煙火に関する書物を数多く著した花火師の武藤輝彦(1921年-2002年)によれば、打揚花火は、1751年に開発されたとされています。

それ以前の花火は、煙や炎が噴き出す花火であったと考えられています。

 

鍵屋は第二次世界大戦期に十三代天野太道が花火製造を取りやめ、現在は打ち上げ専業業者となっています。(2)

 

明治時代になると、諸外国からマッチの原料となる塩素酸カリウムやストロンチウム、アルミニウムなどが輸入されるようになります。これによって、花火の表現は大きく進歩を遂げるのです。

これまでは炭火色(橙色)の強弱でしか表現できなかった花火に色彩が採り入れられるようになりました。

 

その後、大正時代になると、より多くの薬剤が導入され、花火技術は大いに進歩していきます。

そして、多重芯割物(八重芯菊花火)の製法を完成させるなど、数々の功績を残し、「花火の神様」と呼ばれた青木儀作や、滋賀の廣岡幸太郎などの名花火師が誕生し、名作花火を次々に発表していきました。

昭和に入り、戦争がはじまると花火の製造は中止になりますが、その後、昭和21年の米国独立記念日の花火打ち上げ後、次第に復活していきます。(2)

 

③子育ては子供の心を育てること

冒頭にも書きましたが、花火を見て美しいと思う心はとても大切なものです。

七田式では、お子様の教育にあたって最も重要と考えているのが、心の教育、心を育てることなのです。

七田式教育の創始者、七田眞氏は「子どもをありのまま受け入れ、子どもの心を育てることこそ、親がしなければならない最も大切な仕事」であると述べています。

 

「子育てで親がしなければならない最も大切な仕事は何でしょうか。それは『子どもをありのまま受け入れる』ということです。

 ところがたいていは、親は子どもに『こうあらねばならない』という理想像を作り上げて接します。すると理想像と実際の姿の間にギャップを生じ、親はストレスを抱え込むことになるのです。

 親のほうで理想像を作り上げてしまってはいけません。理想像を作り上げてしまうと、その理想像に合わせようという苦しい戦いが始まることになります。

 どの子も一人ひとりがみな違っていて、それぞれの素晴らしい個性や可能性を持って生まれてくるのです。その可能性を十分に引きだすように環境を作ってあげることが、親に課せられた最大の仕事なのです。

 子どもがありのままを受け入れられ、一個の人間として愛され、大切に育てられた時、その子はとてもよく伸びるのです。

 でも現実には、この逆をやっているお母さんのほうがはるかに多いように思います。それはお母さんが子育てを頭でしていて、心でしていないからです。つまり子育てを技術だけでしようとし、子どもの心に目を向けることを知らないでいるからです。

 次のチェックをしてみてください。

 

 ①子どもを泣かせて育てていませんか。子どもが笑いを忘れていませんか。子どもを叱ってばかりいませんか。

 ②子どもと毎日楽しく接していますか。子育てを楽しいと思っていますか。

 

 お母さん、あなたの子育てはどちらでしょう。①の場合は子どもの心が見えなくなっているのです。②の場合は子どもの心を正しく育てているのです。

 子育ては子どもの心を育てることが何より大切です。

 子どもの心を育てるには、子どもの心をリラックスさせてあげなければなりません。

 心が100パーセントの能力を発揮できる時は、リラックスして脳波がアルファ波の時なのです。心が体をコントロールしています。リラックスしている時は、細胞の一つ一つまでコントロールする力を持っています。心がリラックスしている時は、すべてを楽に吸収し、学習が容易に行われます。

 心がストレスでいっぱいの時は、脳波はベータ波で吸収力が悪く、頭は潜在能力を引きだせず、閉じた頭になっていて学べなくなっているのです。

 人間の能力にあまり差はないのです。表われているのは心の差なのです。心の使い方が正しければ良い結果を得、間違っていれば悪い結果しか得られないのです。能力をコントロールするのは心の使い方の差によるのです。

 

 お母さん、今まで上手に自分の心とわが子の心をコントロールしてきましたか。子どもをささいなことで叱ってきませんでしたか。今でもすぐ、子どものことで腹が立ちませんか。

 お母さんがそのようなマイナスエネルギーに向かう心の傾向を持つと、子どもの心も容易に同調してマイナスの心を持ってしまいます。

 人間の潜在意識はファイリング・キャビネットです。母親にマイナスの心で毎日接せられている子どもの心には、自分はダメ、できない子というマイナスイメージが埋め込まれています。

 どんなに学んでも潜在意識の深い心の底に、ダメ、できないという情報が埋め込まれていると、その子は本当にダメな子の姿を表わしてしまいます。

 ここを変えてやらないといけません。それにはまずお母さんが子どもに対する見方、考え方、接し方を変えてくださらなくてはいけません。

 

 お母さんの子どもに接する心が、いつまでもマイナス志向の時は、子どもの心もマイナスのままなのです。

 子どもの心を変えるのは、母親の心が変わったときだけなのです。母親の心が変わらないのに、子どもの心だけ変えようとしても、それは決してうまくいかないでしょう。まずお母さんが、子どもを伸ばすのは知識ではなくて、心であることをよくよく理解してください。

 もし月曜から土曜まで、びっしり子どもに習いごとをさせているお母さんがいれば、子どもが表情を失い、笑いを失っていないかどうか見てください。

 子どもが嫌がっているのに学ぶことを押しつけていないかどうか見てください。

 同じことをしていても、一人の子どもは喜び、一人の子どもは嫌がっているものです。喜んでいる子どもにとっては、その取り組みは楽しみです。それは子どもの心や感性や知識を育てています。

 子どもが喜んでいない時は、それは子どもの心を暗くし、感性を押しつぶしているのです。もし子どもが喜ばないのに無理に何かをしておられるとしたら、子どもは笑顔を失っています。これはよくない子育てになっていることに気付いてくださらなくてはいけません。

 子育ては子どもの心を育てることが大切なのです。心を育てると、子どもは母親と心が通っていて、母親のすることをとても喜び、母親と学ぶことが大好きになります。

 こうなると、母親はにこにこ、子どもは伸び伸び育ちます。」(3)

 

多くのお母さんたちは、もしかして「子育ては楽しいけど、難しい」と感じていらっしゃるのではありませんか。

そのお気持ち、とてもよく理解出来ます。

順調に進んでいると思ったら、急に言うことを何も聞かなくなってみたり、何が不満なのかいきなり泣き出してみたり、かと思うと、また急に機嫌がよくなったり…。

 

子育ては難しいですし、大変なことです。

ですが、お母さんの心のあり方一つで、楽しくもなりますし、厳しくもなります。

子育ては、子供の成長を目の前で見ることが出来る、唯一の手段です。

そして、子供を子育て出来るのは、例外はありますが、基本的には親であるお父さん、お母さんだけなのです。

 

お子様と一緒にいることが出来る子育ての時間は、ある意味限られた時間でもあります。

お子様と一緒にいることが出来る子育ての時間を、ぜひ楽しんでください。

 

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※1:茨城県の第87回土浦全国花火競技大会は台風の影響による強風のため中止となりました。

※2:当初は7月や8月開催予定だったものが、台風や豪雨、地震等の影響により延期された日程です。

 


(1)ジョルダン「花火大会2018」(https://sp.jorudan.co.jp/hanabi/)

(2)NTTグループカードWEBマガジン「Trace」特集16「花火の軌跡」(https://www.ntt-card.com/trace/vol16/special/index.shtml)

(3)七田眞「認めてほめて愛して育てる」154-158 1996年 株式会社PHP研究所